あなたは最近、カフェで一人黙々とスマホを見つめる男性の姿を見かけたことはないだろうか。周りでは楽しそうにカップルが談笑している中、彼は時折寂しげな表情を浮かべる。でも、それは一瞬のこと。すぐにまた無表情に戻り、SNSのタイムラインをただ黙々とスクロールしている。
彼は今、どんな思いでそこに座っているのだろう。もしかしたら、彼は「彼女諦め男子」かもしれない。
「彼女諦め男子」——この言葉を聞いて、あなたはどんなイメージを抱くだろうか。モテない男性?面倒くさがり?恋愛に興味がない人?実は、その実態は私たちが想像するよりもずっと複雑で、そして心に深い傷を抱えていることが多い。今回は、表面からは見えにくい「彼女諦め男子」の内面に迫り、彼らの本音と、そこに至るまでの道のりを紐解いていこう。
無言の叫び:「彼女諦め男子」たちの心の声
「もう無理だよ。俺には向いてないんだ」
これは、28歳のエンジニア・健太さん(仮名)の言葉だ。大学卒業後、誰もが羨むIT企業に就職した彼は、周囲からは「勝ち組」と呼ばれていた。しかし、彼の心の中には、誰にも言えない大きな諦めがあった。
「新卒で入社してからというもの、毎日終電で帰る生活でした。最初は『今は我慢の時期だ』と自分に言い聞かせていたんです。でも気づいたら5年経っていて…」と健太さんは目を伏せる。
彼の周りでは同期たちが次々と結婚していった。SNSには幸せそうな家族写真が溢れ、飲み会では子どもの話で盛り上がる。そんな中、健太さんはいつしか自分と彼らの間に越えられない壁があるように感じ始めた。
「最初は焦りましたよ。合コンにも行ったし、マッチングアプリもやりました。でも、仕事が忙しくてメッセージの返信が遅れると不機嫌になる人もいるし、趣味の話をしても共感してもらえないこともあって…」
次第に健太さんは「自分には恋愛は向いていない」と思うようになり、いつしか出会いの機会そのものを避けるようになっていった。
傷ついた心が作る見えない壁
「彼女諦め男子」の多くは、過去の経験から自分を守るために心の壁を築いている場合が多い。
34歳の営業マン・直樹さん(仮名)は、大学時代に2年間付き合った彼女との別れがきっかけで恋愛を諦めた一人だ。
「別れ際に『あなたといると息が詰まる』って言われたんです。それから10年近く経つのに、今でも忘れられない」と直樹さんは苦笑いを浮かべる。
あの言葉が直樹さんの心に深く刺さり、それ以来「自分は誰かを幸せにすることができない人間なんだ」という思い込みを持つようになった。彼はそれから何度か女性と出会う機会があっても、関係が深まる前に自ら距離を置くようになってしまった。
「また同じ思いをするくらいなら、最初からやらない方がいい」。そう思考停止することで、自分の心を守っているのだ。
数字で見る「彼女諦め男子」の実態
この「彼女諦め男子」現象は、実は特殊なケースではなく、現代日本の男性の間でかなり広がっている傾向だ。内閣府の調査によると、18歳から34歳の未婚男性のうち、約70%が「交際相手がいない」と回答している。さらに衝撃的なのは、そのうちの約30%が「交際をしたいと思わない」と答えていることだ。
この数字の背景には、様々な社会的要因がある。長時間労働、経済的不安、SNSによる理想化された恋愛像の蔓延など、現代社会は若い男性たちに様々なプレッシャーをかけている。
30代に差し掛かった男性たちの中には、「20代のうちに頑張ったけれど実を結ばなかった」という挫折感から恋愛を諦める人も少なくない。
「23歳から29歳まで、本当に必死でした」と語るのは32歳の公務員・智也さん(仮名)だ。「でも、いつも『いい人だけど…』で終わる。何が足りないのかわからなくて、自分を責め続けた結果、ある日『もういいや』って思っちゃったんです」
社会が作り出す「彼女諦め男子」
「彼女諦め男子」の増加は、個人の問題というよりも社会構造の問題として捉えるべきかもしれない。
山田先生(仮名)は次のように分析する。「現代社会は、男性に対して『仕事で成功し、家庭も持ち、趣味も充実させる』という、ある種の『スーパーマン』像を求めています。しかし、現実にはそのすべてを満たすことは非常に難しい。そのギャップに苦しむ男性たちが、自分にとって最もハードルが高いと感じる『恋愛』を諦めることで、心のバランスを取ろうとしているのではないでしょうか」
また、SNSの普及によって「他人の幸せ」があまりにも可視化されるようになったことも、自己肯定感の低下につながっている。誰もが自分の幸せな瞬間だけを切り取ってアップロードする世界では、自分だけが取り残されているような錯覚に陥りやすい。
「マッチングアプリで何度も挫折したあとは、もう自分のスペックが低いんだって思い知らされる感じですね」と語るのは29歳のフリーランスエンジニア・慎太郎さん(仮名)だ。「プロフィールすら見てもらえないんじゃないかって思うと、アプリを開くのも怖くなる。だから結局、仕事だけに没頭するようになりました」
「彼女諦め男子」たちの日常
では、彼女を諦めた男性たちは、日々をどのように過ごしているのだろうか。
多くの「彼女諦め男子」は、恋愛以外の部分で自己実現や充実感を見出そうとしている。仕事に打ち込んだり、趣味を極めたり、友人との交流を大切にしたりすることで、恋愛がないことによる空虚感を埋めようとしているのだ。
「休日は一人で映画を観に行くことが多いですね。誰にも気を遣わなくていいから、実は結構気楽なんです」と語るのは35歳の編集者・正和さん(仮名)だ。「最初は周りの視線が気になったけど、今は『一人の時間を楽しむ方法』を見つけられたからこそ、逆に心が安定している気がします」
また、同性との友情を深める男性も多い。恋愛関係では傷ついてしまう彼らも、友人との関係では比較的安心して自分を開くことができるようだ。
「男友達とは週末にバーベキューしたり、ゲームしたり。そういう時間が今の自分の支えになっています」と話すのは27歳の小売業・拓也さん(仮名)だ。「恋愛じゃなくても、人とのつながりは持てるんだって実感できるから」
「諦め」の先にあるもの
しかし、「彼女諦め男子」の全てが本当に恋愛を諦め切っているわけではない。表面上は「もういいや」と言いながらも、心の奥底では誰かとつながりたいという思いを抱えている人も少なくない。
「諦めるって言うのは、実は期待することの裏返しなんですよね」と山田先生は指摘する。「本当に関心がないことは諦めようとも思わない。『諦めた』と言う背景には、実はまだ叶えたい願望があることが多いんです」
実際、「彼女諦め男子」の中には、自分なりの方法で少しずつ心の壁を取り払おうとしている人もいる。
「最近、趣味のカメラ教室に通い始めたんです」と健太さんは少し照れくさそうに語る。「別に出会いを求めてじゃないんですよ。でも、同じ趣味を持つ人と自然に会話できるっていうのは、すごく心地いいなって思います」
彼らに必要なのは何か
「彼女諦め男子」が抱える問題の解決策は簡単ではない。しかし、彼らが必要としているのは、必ずしも「恋人」そのものではないかもしれない。
「彼らが本当に求めているのは、自分を受け入れてくれる存在や、安心して自分を表現できる場なんです」と山田先生は言う。「それは必ずしも恋愛関係だけでなく、友人や家族、あるいは趣味のコミュニティなど、様々な形で満たされる可能性があります」
また、社会全体として、多様な生き方や価値観を認める風潮が広がれば、「彼女がいなければならない」というプレッシャーも緩和されるだろう。
「結局のところ、『幸せ』の形は人それぞれなんです」と山田先生は続ける。「恋人がいること自体が目的化してしまうと、本来の幸福感からは遠ざかってしまう。自分が本当に何を求めているのかを見つめ直すことが大切です」
「諦め」を超えて
「彼女諦め男子」たちの多くは、実は自分自身と向き合う勇気を持っている人たちだ。表面的には「諦めた」と言いながらも、自分なりの幸せを模索し続けている。
「正直、完全に諦めたわけじゃないと思います」と直樹さんは少しためらいながら打ち明ける。「ただ、以前みたいに『彼女がいなきゃダメだ』って焦るのではなく、今は自分のペースで、無理のない範囲で人との関わりを持とうとしています。それが将来、誰かとの出会いにつながるかもしれないし、つながらないかもしれない。でも、どちらにしても今の自分は以前より少しだけ強くなった気がします」
彼らの「諦め」の奥には、実は新たな自分との出会いや、異なる形での人間関係の構築など、様々な可能性が秘められているのかもしれない。
「彼女諦め男子」と呼ばれる彼らが、本当に諦めているのは「無理に誰かと付き合わなければならない」という社会的プレッシャーであって、人とのつながりそのものではないのだ。
次にカフェで一人黙々とスマホを見つめる男性を見かけたら、彼らの内側にある複雑な心の風景に思いを馳せてみてはどうだろう。表面には見えない「諦め」の先にある、新たな可能性や希望の芽を、私たちも一緒に見守っていけたらと思う。
「諦める」ことは「終わり」ではなく、新たな自分と出会うための「始まり」かもしれない。彼らの物語は、まだ続いているのだから。